最近の私の調子は、一時期のことを思うと安定している。
安定しているというか、
自分の調子が堕ちるパターンがわかるようになってきた。…と言う方が正しいかもしれない。
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しかし、うつ病と確定診断されてから
2年以上も経っているので、
うつ病の状態に対する
『慣れ』 が生じているだけなのかもしれない。
まだうつ病になりたての頃は、堕ちる瞬間や引き金がわからず、いや、
なぜ苦しいのか、なぜしんどいのか、ということを考えることすらできなかった。ただ苦しいので、ただしんどいので、ただだるいので。。。
訳がわからず、泣いてばかりだった。どんなに泣いても泣いても、涙は枯れなかった。
とにかく、自分に対して肯定的に考えることがまったくできなかった。
自分を責めることしかできなかった。
この事実にさえ気づけなかった。
「自分を責めすぎている。」この頃、このセリフを周囲から何度耳にしたかわからない。
でも、私のどこが
「自分を責めすぎている」 のか理解できなかった。
最近まで理解できなかったのは、私がうつ病を発症したのが某医療系の臨床実習中のことだったからだと思われる。
私の取得しようとしていた医療系資格の養成校では、
学外の臨床実習では、学生なりとも患者さんを数人担当させていただき、
ほぼ実際の現場と同じことをする。
この時、私たちに国家資格はまだない。某医療系資格の国家資格は、養成校を卒業してやっと受験資格が取得でき、
さらに、国家試験に合格しないと資格は取得できない。
要するに、当然のことながら臨床実習の時点では、
私たちは某医療系国家資格を持たないまま、実際に患者さんと接するのです。
しかし、ほぼ有資格者と同じことを臨床実習で行うのです。実習指導者が一緒に担当することが大半ではあるものの、
そのことが義務付けられているわけではないのです。
罰則があるわけでもないのです。だから
、養成校や実習先によって実習内容・要求されるレベルにバラつきがあるのです。私は患者側の経験があった。
しかも、わりと長期間医療を受けていた。
当時いろいろ感じたりしたことが、医療系の職業に就きたいと思うきっかけになった。それだからか、無意識のうちに、
「学生だから許される。」…という考え方はしないようになっていたのかもしれない。
私の普段の学内での成績は、お世辞にも良いとは言えなかったし、
入学時の意欲も、つまらない一般教養の授業を受けている間に減退してきていた。
ですが、患者側になった経験からか、臨床実習で手を抜くことがどれだけ失礼にあたるのかは理解していました。
自分が患者だった時は、有資格者が担当してくださったが、もし臨床実習の学生が担当するとなったら、おそらく相当な不快感を抱いていただろう。
当時、私は有資格者に対しても不満があったのだから。。。こういった背景が、
「自分を責めやすい思考」 につながっていったのかもしれない。
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