今日も相方家でぼちぼち生活しています。
やっと爆睡期間のピークが過ぎたようで、覚醒時間が増えてきました。
さてさて、
2年前の今頃のことを思い出したということで、そのことを書こうと思います。
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ちょうど2年前のこの頃は、相方が就職活動真っ最中で、私はというと、(
卒業させてもらえるわけでもないのに。)卒論を書き終え、学内の卒論発表会もどうにか無事に終わらせた頃でした。
私はまだ学校の近くで一人暮らしをしていました。
そうです、(後にぶっ倒れた翌年の)実習再チャレンジまで、実質的に空白の時間ができた頃でした。
前にも触れたような気がしますが、本来は卒論が終わったら(いや、終わる前からだったか。。。?)、国家試験のグループ勉強会に混ぜてもらって、次の再実習までに知識面だけでも少しでも楽にできたら・・・という予定でした。
とりあえずみんなの国試が終わる、みんなが卒業していく3月までは、
『勉強会に参加する』…という名目で、生活のリズムを崩さないようにしようと思っていました。
また、私はそうすることを希望していました。
そのハズだったのですが、結局は国試勉強会には参加させてもらえず。
(学科担任にしつこく何度も呼び出され、「参加しないで」と遠まわしに何時間もかけて話され・・・私は参加を諦めた。)
予定が狂いまくった私は、とにかく年末年始はゆっくり休もうと、
自分のしたいことを自由にしていた・・・つもりでした。
やっぱり、キツかった。
取り残されている感が、どうしても拭い去れなかった。
ややこしいことは考えないようにしていても、
自分にちょっとしたご褒美(ちょっと奮発しておいしいもの食べるとか、些細なことでしたけど。。)を与えても、
お酒を飲んでも(これも自分へのご褒美)、
結局は何をしていても、
・・・しんどかった。
しかし。。。
このしんどさも、周期的には楽になったような気がしていたので、
重大なことになっているとは思っていなかった。
自分は寒いのが苦手やから・・・とすべてに対してごまかしていた。
だって、外出する理由がなかったのだから。
ある程度食料を買い込んでいれば、家から出なくても生活できる。
ホンネを言うと、
人に会いたくなかった。
誰かに会って、話をして、話についていけなくて、別にそれはそれでいいやと思いながら話していても、聞きたいようで聞きたくないことばかりが耳に残り、笑って普通に話しているつもりでも・・・、
家に帰ったら、
他には、晩ご飯を食べて、さぁ少しゆっくりしようか。。。と一息入れると、
なぜか、
無意識のうちに泣けてきた。
泣きながら胸に圧迫感を感じることすらあった。
いつの間にか泣き疲れて寝てしまうまで涙は止まらなかった。
もう
自分の意思で泣くことを止められるような精神状態ではなかったのだろう。
こんなローテンションな状態が数日間続くこともあり、
そんなときは、一歩も外に出られなかった。
出ても、ベランダまで。
そういや、この頃は
タバコ吸ってたなぁ。。。
うつ病の原因の根源となった実習中に『少しでも目が覚めるかもしれない』と、大嫌いだったタバコに手を出した(初めて買ったのがマルボロメンソールライトやったなぁ。メンソールやったら目が覚めるかな?って思ったんやった。)。
…で、話は戻る。
相当キツいときには、ごはんはスグに食べられるものでしのぎ、食器を洗うこともできない。
顔も洗えず、お風呂に入ることすらできなかった。
(さすがにトイレには行けたけど。)
昼夜逆転していた時も多々あった。
それでも、
うつ状態だとは思っていなかった。
いや、思いたくなかっただけかもしれない。
それでも、周期的に楽になり、それまでの数日間がウソのようになることもあった。
だから、周囲は私のこんな状態に気づいていなかったのではないだろうか。
外に出る時は、ちゃんとしていたし、そこまでしんどそうにはしていなかったハズだから。
実際、楽になれば、ふつうにこれまでのように元気だったから。
こんな感じで、翌年の2月に(ヤブ)精神科医を探して受診するまでは生活していました。
この時期が一番よく泣いていました。
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