うつ症状がキツ過ぎて昨日1日廃人のような私でした。
どうにか夕飯は食べ、またベッドで突っ伏して
前記事を書いた前後には、また意識がぶっ飛んでいました。
それでもどうにかお風呂には入り、今週から就寝前の日課になった
養命酒(最近母に飲まされているのです。)を飲みました。
こっそり一人晩酌は私の楽しみでもあるので、今夜もこっそり一人晩酌しました。
夜中〜朝方にかけてが、
抗うつ薬の
SSRIパキシルのおかげもあって、最も脳内の
セロトニン濃度が高いでしょう。。。
ぶっちゃけですね・・・
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一日の中で一番しんどさが楽なんですよ。
自分ひとりの世界に集中できるからかもしれません。
どうも、今回の
うつ症状の悪化の引き金の一つは、自分の予想外に、「
ZARDの坂井泉水さん急逝」のニュースの影響が大きかったからではないか?という見解に至っています。
ホンマに、これまで、熱狂的な
ZARDファンとか、そんなのではなかったのですよ!嫌いではなかったですけど・・・どちらかと言えば
坂井泉水さんは好印象のアーティストでしたが。
たぶん、「
負けないで」が私の買った数少ないシングルCDであるのと、自分がキツイ時期にふと思い出して聴いたことの多かった曲だったのが原因ではないかと思っています。
当然ながら、他にも
うつ悪化の原因はあると思いますよ!
久しぶりに実家でけっこう長い時間生活していますし。
(この要因は非常に大きい!)
懐かしい曲を聴きまくったからか、さっき、PCに保存してある約3年前のWeb日記(実習前〜実習で倒れるころまで)を読み返すことができました。
これだけ時間が経過していると、日記を読んで感じることも変わってきました。
WEB日記だったので、当時はホンマにホンマに精神的にヤバイ時でも自分でフィルターをかけて書いていたのです。なんせ、学校のリアル友達が見ていましたから。
いつもながら前置きが長くなりました。(^^;;
改めて3年前の日記を読んでみて思ったのは・・・・
「よくあの状況で前向きに実習に取り組もうとしていたなぁ」…ということです。
うつ病発症前後の、まだ
精神科受診もしておらず、
うつ病の確定診断もされていない頃・・・・・・
よく
自殺しなかったなぁ・・・と自分をほめてあげたいです。
もし、あのときに
自殺していたとしても、通勤(通学!?)中の
原チャ事故に見せかけた自殺しかできそうにありませんでした。
雨に打たれて・・・・タイヤが滑って・・・・転倒して・・・・みたいな感じで。
当時、そんなことが頭の中をぐるぐる回っていたときには、もう思考能力がほとんどなくなっていました。
気合いなんてもので乗り切れる精神状態は、その前の実習でとっくに使い果たしてしまっていた。
脳のどこかの部分を酷使しすぎて、故障してしまったのだろう。
何も考えられない。
重要なことも脳に記憶として残らない。
起き上がっていることができない。
単なる記録すらできない。
疲労感が消えない。
どんなに振り絞っても気力が出ない。
泣いてもどうにもならないし、女の武器を振りかざしているみたいでイヤなのに涙が勝手に出て止まらなくなった。
・・・そして、そんな自分の異常事態を誰一人としても本気で理解してくれない・・・
私は実習を終えたかったんだ。
みんなと同じように学校に帰りたかったんだ。
卒業したかった。
でも、そんなことをどんなに望んでみても、願いがかなうはずもなかった。
学校側は、あくまでも私自身の意思で実習中止・留年を決断するように仕向けた。
後に自分で調べてみると、学校によっては実習での留年はないようにどうにか配慮してくれるではないか。
自分の能力のなさだけで片付けられる問題ではないような気がした。
ずっと悩み続けていた。
このまま休学を続けて、最終的には退学するのが無難なのか。
無難ではないけれど、訴訟を起こすのか。
それがひっかかっているからだろうか。
うつ病がある程度以上にはなかなか改善してくれないのは。
この1年以内でどうにかしないとなぁ。
わかっちゃいるのに、動けていない自分が情けない。
パキシルのせいだと思うけど、涙も流れない。
具体的に動きたい。
うつ病から解放されたい。